実際に歴史上においてお金とはどのようにして誕生し、またどのように普及していったのかを過去から現在にまで振り返ってみます。
お金という概念が生まれる前、私たちの生活はいわゆる物々交換(ぶつぶつこうかん)により成立していた社会でした。例えば、漁師は自分が釣った魚を集めて、野菜が食べたいときは農家と魚と野菜を交換してもらうような社会です。しかし、もし農家の人が、「今は魚を食べたい気分じゃないんだよね。肉が食べたい。」ということもあるでしょう。
こうした時、漁師はわざわざ一度猟師に肉と魚を交換してもらってから、再度農家と交換してもらうという非常に非効率なことをする必要がありました。もちろん、魚は生ものですから時間が経過するとその価値はどんどん少なくなってしまいます。
これじゃあ、困りますよね…。
これでは、不便ということで生まれたのが「物品交換(ぶっぴんこうかん)」です。今で言う貨幣とは違いますが、「貝」「布」「珍しい石」など腐りにくいものを使って欲しいものと物品を交換することで社会は便利になりました。
また、歴史が進むと、金・銀といった希少な金属が貨幣としての価値を持つようになりました。しかし、金や銀では採掘量に限界があります。また、社会に出回る量にも限界があります。そこで生まれたのが「鋳造貨幣」や「紙幣」です。
鋳造貨幣や紙幣とは銀行が発行する紙や金属でできたお金です。ただし、金属といっても珍しい金属でなく、銅などのわりと手に入りやすい金属で作られたものです。そしてこれらの貨幣は銀行に持っていくことで価値の源泉である金や銀などの希少金属と交換することができました。こうした貨幣を「兌換貨幣(だかんかへい)」と呼びます。
この制度は戦後まで続き、金を本位とする通貨制度のことを「金本位制(きんほんいせい)」と呼びました。つまり、通貨(紙幣)を発行する場合はそれを裏付ける「金」があることが条件であるというものです。当時は例えば、ある一定の定められたお金をもって銀行に行けば「金」と交換することがでたのです。
しかし、その後富の多くがアメリカに集中するようになりました。そこでとられたのが、「金為替本位制(ブレトンウッズ体制)」です。アメリカ以外の国の通貨は金と交換することはできませんが、その国の通貨はアメリカドルと交換することができ、アメリカドルは金と交換することができるという制度です。
しかし、こうした金為替本位制も終わりがやってきます。ベトナム戦争による支出により財政赤字が拡大し、アメリカは金と交換できる量のアメリカドル以上のドルを発行せざるを得ませんでした。
これをうけ1971年に当時のニクソン大統領はドルと金の兌換の終了を宣言しました。これを「ニクソンショック」と呼びます。
この後、お金(通貨)は現在の通り、それぞれの国(中央銀行)が発行する紙幣でその国(政府)の信頼によってのみ成り立つ通貨(貨幣)となったのです。